MUGLER

ミュグレー

ブランドのはじまり

73年、ティエリー・ミュグレーが自身の名を冠したブランド「ティエリー・ミュグレー」を設立。

ミュグレーについて

ミュグレー(MUGLER)はフランスのファッションブランド。

創業者のティエリー・ミュグレー(Thierry Mugler)は1948年、フランス、ストラスプールに生まれる。10代から服作りを始め、バレエ団、「the Opera du Rhin」に入る。19歳で、パリに渡り、Ecole Arts Decoratifsにてデザインを学ぶ。1968年、ショップのウィンドウデザイナーとしてキャリアをスタート。このときファッション(服のデザイン)は副業的に行っていた。

1971年、「カフェ・ド・パリ(Cafe・de Paris)」の名前でレディースコレクション発表。1973年、デザインを発表。(このときから10年近くの間、アズディン アライアがミュグレーのデザインをサポートしていたと言われている。)

73年、Alain Cardeucとビジネスタートナーシップを組み、自身の名を冠したブランド「ティエリー・ミュグレー」を創設。79年にはメンズラインを設立。

70年代後半にはパンクファッションなどのストリートの要素をハイファッションに取り込み、大きな話題となった。70年代から約20年の間ファッション業界の一線で活躍、パッドをいれ、肩線を広めにとり(ワイドショルダー)、ウエストをタイトに絞る逆三角形のスタイルは70年代後半から80年代のファッションをリードした。このスタイルはティエリー・ミュグレー以外にも80年代のボディコン系ファッションのアズディン アライアや、クロード モンタナアルマーニヴェルサーチなどで多く見られ、彼らともにファッション界を牽引した。ミュグレーはまさに80年代のトレンドのそのものといって良い存在だった。

1979年、東京・武道館で大規模なショーを開催。小松左京がディレクション、音楽は富田勲が務めた「エレクトロオペラ」を披露した。70人のモデルが登場し、当時、世界最大のショーとなった。

時代の流れとともに徐々にブランドは衰退、90年代以降生き残ることはできなかった。それでもヴィンテージアイテムなどは熱狂的なファンに支持をされ、オークションなどでは高い値段で取引された。

97年、フランスのコスメブランド、クラランス(Clarins)に買収される。この後、ティエリー・ミュグレーは香水などコスメ系商品として有名なブランドとなる。香水で人気を集めているのは「Angel」、「Alien」など。(香水などコスメはヨーロッパでは人気を誇るが、アメリカや日本では一部の高級店に限られている。)

オート・クチュールのラインは2003年に閉鎖、以降はプレタポルテとアイウェア(サングラスなど)のデザインが継続的に行われている。その後クリスチャン ディオールパコ ラバンヌ、ペンハリゴンでキャリアを積んだローズマリー・ロドリゲス(Rosemary Rodriguez)がデザインを担当。

ティエリー・ミュグレー自身はファッションデザイナーとしてだけではなく、写真家としても有名、写真関係の書籍も出版している。その他ミュージシャンのジョージ・マイケルなどのミュージックビデオの製作を担当、世界的にも有名なフランスのサーカスであるシルク・ドゥ・ソレイユとコラボレーションなど多岐に渡って活躍している。

ティエリー・ミュグレーのブランドから多くの有名でデザイナーが巣立ち、有名なところでは、ニコラ・ジェスキエールクリストフ ルメールルシアン ペラフィネ、スペインのデザイナーのホセ ミロなどがティエリー・ミュグレーで働いた経験がある。ティエリー・ミュグレーのファッションはデザイナーに影響を与え、2006年~2007年のバレンシアガのメタリックなスタイルを始めとしてドルチェ&ガッバーナアレキサンダー・マックイーンなどのスタイルにその影響は見られる。

2010年、クリエイティブディレクターに、スタイリスト兼ファッションエディターとして活躍するニコラ・フォルミケッティ(Nicola Formichetti)が就任。初コレクションでレディ・ガガがランウェイモデルに初挑戦、そして新曲を披露するとあって大きな話題となった。

2013年、二コラが辞任し、デヴィッド コーマが新アーティスティックディレクターに就任。ウィメンズコレクションを手がける。

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公式サイト

URL:http://www.mugler.com

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