また、直線的で調和のとれたプロポーション、シンメトリーな構成、色彩のコントラストといった、アール・デコの美学を顕著に反映した、エメラルド、オニキス、ダイヤモンドのアンサンブルによるブローチやリングも登場。深いブルーのラピスラズリとダイヤモンドをあわせ、花模様の彫刻を施したヴァニティケースや、サファイア・ダイヤモンド・プラチナで幾何学的な模様を表現したブレスレットも、鮮やかなコントラストを感じ取ることができる。
ヴァン クリーフ&アーペルは1920年代以降、立体感ある造形を追求していった。たとえば、男性的なアクセサリーであるネクタイをジュエリーとして再解釈したネックレスは、プラチナを台座に、合計958石・125カラットのダイヤモンドを装飾。ラウンドカット、もしくはバゲットカットのダイヤモンドをリボン状に連ねており、幾何学模様に連なる中には花飾りのようなリンクも見て取ることができる。さらに、ネックレスの結び目は胸元、背中、肩と位置を自由に変えることができる仕様になっている。
この他にもダイヤモンドやプラチナを贅沢に用いて、精巧に構築されたホワイトジュエリーが目白押し。緻密な構成で幾何学模様を描くブレスレットやブローチ、透かし彫りのモチーフと三角形のモチーフを組み合わせて複雑かつ軽快に仕上げたネックレスなどを目にすることができる。
ひときわ目を引くのは、鮮やかなグリーンの輝きを放つエメラルドを配した作品群だ。1929年に作られた《コルレット》ネックレスは、ダイヤモンドの連なる先端にあしらわれた雫型のエメラルドが特徴。存在感のあるエメラルドによって、ネックレス全体のボリュームが際立っている。
ヴァン クリーフ&アーペルは、社会の変化を背景に、造形性と機能性をあわせ持った作品を制作した。美しさと実用性を兼ね備えたジュエリーやアクセサリーからは、モダニズムの流れに連動した、多様化する人々のライフスタイルの変化を見て取ることができるだろう。
たとえば、女性の外出時に必要となる、口紅やパウダーコンパクト、ライターなどを収めるケース「ミノディエール」。カメリアの花が彩る《カメリア ミノディエール》は、箱の蓋に鏡が配されており、内側はコンパートメントに仕切られている。時計を隠しもつリップスティックホルダーやパウダーコンパクト、ライターなどがぴったりと収められる仕様だ。
《カデナ リストウォッチ》は、南京錠をモチーフに、一見ブレスレットのようなデザインで仕上げた腕時計。着用した人にのみ文字盤が見えるような角度・大きさに配置されているのが特徴で、時刻を密かに確認することのできるジュエリーウォッチだ。このウォッチは1943年に作られたものだが、当時の「女性は人前で時刻を確認すべきではない」という社会規範を反映したデザインが採用されている。
また、ローズクォーツと黄緑色のラッカーを組み合わせた常夜灯や、アゲートのアッシュトレイなどジュエリーと同様の素材を使って作られる装飾品「オブジェダール」も必見。さらに、赤ん坊を連れた猿を彫刻したアメシストのテーブルクロックや、シークレットウォッチ付きのシガレットケースなど、細部にまで技巧と遊び心をのぞかせた品々を紹介する。
新館ギャラリーでは、現在まで受け継がれるヴァン クリーフ&アーペルの「サヴォアフェール(匠の技)」をテーマにした展示を展開。鳥の羽ばたきから花の開花まで、自然からのインスピレーションをサヴォアフェールと掛け合わせたジュエリーからは躍動感やみずみずしい生命力が感じられる。
石を留める爪を表に見せず、宝石のなめらかな質感を引き立てる技法「ミステリーセット」を用いた《クリサンセマム クリップ》は、繊細な花びらの質感を立体的に表現。菊をモチーフにしており、19世紀以降のジャポニスムからの影響を見て取ることができる。