SHISEIDO

資生堂

ブランドのはじまり

1872年、福原有信が東京・銀座に日本初の洋風調剤薬局として創業。

資生堂について

資生堂(SHISEIDO)は、日本の化粧品メーカー。

1872年、日本初の洋風調剤薬局として誕生した資生堂。創業者の福原有信は西洋薬学を学んだのち、それまで日本にはなかったビジネスモデル、医薬分業システムを確立させた。

資生堂の社名は、中国の古典、四書五経のひとつ『易経』に由来。西洋の最先端の薬学をベースに興す一方で、社名は東洋哲学から命名するという、西洋の科学と東洋の叡智を融合した先取りの気質が、資生堂の成り立ちであった。

資生堂のシンボルマーク「花椿」は、1915年に初代社長福原信三が自らデザインし誕生。その後も何度か微調整を加えながらも、資生堂の揺るぎないアイデンティティーとして、現在に至っている。

1916年、薬局から化粧品部門が独立し、化粧品部が開店。煉瓦造りで3階建てのビルには、1階の店舗のほかに、あらゆるデザインワークを担う意匠部と、商品の品質や安全性を担い、製品の開発と改良を行う試験室が開設された。ここから高い品質を誇り、モダンで洗練された資生堂化粧品が生まれ、資生堂の本格的な化粧品事業が始まる。

1927年、株式会社資生堂が発足。この頃には資生堂化粧品の取り扱い店であるチェインストアが全国に広がり、製品や美容に関する知識とともに国内外の最新のライフスタイルや流行情報を発信。

また、1934年に始まった、今日のビューティーコンサルタントの前身ともいえる「ミス・シセイドウ」の宣伝活動は、資生堂ならではの価値伝達だと言える。さらに1937年には、こうした価値を店舗から消費者へと伝える会員組織「花椿会」が発足した。

1949年、東京証券取引所に株式を上場。日本の経済復興とともに、戦前に築かれたチェインストア制度と花椿会も復活し、研究施設の整備拡充、東洋一の規模を誇る資生堂美容室が開店する。

1957年、台湾を皮切りに海外での資生堂化粧品の販売がスタート。その後もイタリアやアメリカなど、次々と海外に販売会社を設立。また、国内では日本が高度経済成長期を迎える中、1961年に国内初のメーキャップキャンペーン「キャンディトーン」を実施。

1977年、フランスの新進デザイナーによる「6人のパリ」というファッションショーを日本で開催し、ファッションを通して社会へ新しい価値観を提案。これに代表されるように、既成概念を破るような新しいライフスタイルのあり方を、社会に発信していく。

1989年、「企業理念」が制定され、複雑化する人々の消費生活の中、美と健康を総合的に捉えたライフサイエンスをベースに、ライフスタイル全体を美しく彩るビジネスを拡大していった。

1997年、化粧品事業を開始してから100年が経過。進展するグローバル社会の中で、より多くの地域へと、美しく深みのある価値の創造に乗り出す。

2000年、国内外化粧品工場で、環境マネジメントシステムの規格であるISO14001の認証を取得。地球規模の環境破壊や貧困などさまざまな問題に直面するようになった時代、持続可能な社会を目指した本格的な取り組みを開始した。

また、2005年にはコーポレートメッセージを発表。企業理念である「美しい生活文化の創造」を追求するため、企業としての社会的役割を果たす活動を継続しています。

2010年、ナーズ(NARS)が資生堂の傘下に入る。

2012年、化粧品や美容についての質問や悩みに答えるウェブサービス「ワタシプラス、Beauty & Co.」が開始。

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Data - 資生堂の関連データ

ブランド: NARS シセ

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