「社会に対する恐怖心」セクションでは、人とのコミュニケーションや現代社会の発達により生まれる、“存在しない”ものへの恐怖にフィーチャーする。たとえば、新入社員が電話対応をしなければならない習わしにより、電話をかける・受けることを避けるようになる“電話恐怖症”。固定電話から着信音が鳴り響く度、だれも受話器を取らない独特な空気感が流れる。
スマートフォンやSNSが普及した、現代ならではの恐怖心も必見。他人から見ると全く問題のない外見について、本人が強い不安を感じて写真を過度に加工してしまう「醜形に対する恐怖心」や、SNSのトレンドを知らず、会話の輪に入れない疎外感が耐えられない「取り残されることに対する恐怖心」などは、身の回りでも日々強まっていると感じる。
さらに、笑い声を聞くだけで、人に笑われていると感じてしまう女性へのインタビュー音声や、大学の大教室や食堂で大勢の人から一気に見られる映像、対人コミュニケーションを避けるため、‟チラシ・勧誘お断り”のシールが大量に貼られた郵便受けなども、日常生活をリアルに連想させる。
高い場所から、狭い場所や暗い場所、病院や海洋といった限定的な場所までを空間と捉えた「空間に対する恐怖心」セクション。自称‟高所恐怖症”の人でも、怖がりながらジェットコースターを楽しむ場合が多く、その恐怖は感覚に左右されるものが大きいというのが興味深い。
「高所に対する恐怖心」では、3枚の写真を通して、マンションの中層階や非常階段からふと地面を見たときの“キュッと”足がすくむ感覚を追体験できる。
嗅覚に訴えかけるのが、病院独特の“消毒された”ニオイを発する「病院に対する恐怖心」。ニオイを嗅ぐのはもちろん、使用済みの脱脂綿や医療用ゴム手袋、医療器具が揃っており、まるで病院にいるかのような錯覚に陥った。
薄暗い通路を塞ぐように敷かれた、ひどく荒んだ畳。湿気で黒ずんだ畳を踏み、順路を進んでいく展示だ。畳の傷んだ様子を靴裏で感じ、汚れているものに対する強い嫌悪感を自然と抱いていたのが印象的だ。
ラストを飾るのは、特定の物事・社会・空間ではなく、そのモノ・コト自体に抱く「概念に対する恐怖心」。‟概念”は感覚的な恐怖心よりも広く、抽象的な定義や意味そのものが怖いため、恐怖を避けられない境地まで辿り着いてしまった。
「幸せに対する恐怖心」では、数十万のフォロワーを抱える女性インフルエンサーが“炎上”したケースを紹介。日常の愚痴や不幸に関するSNS投稿で人気を集めていたが、暴露系インフルエンサーが全て虚偽の内容であったと明かし、炎上して活動休止に至る。SNSの世界で日々繰り広げられている炎上案件のような展示は、現実と虚構の境目を曖昧にする。