
つまり「クラシック」とは、「過去」ではなくむしろ「今」と関連していると捉えているのですね。
定義は難しいですけれども、わたしはそう考えています。ファッションとは、今日そして明日と関わるものだからです。ですからわたしは、過去のスタイルをいつも現在の視点から捉え直しています。いつもまでも同じスタイルを提案していたら、他の人が新しいアプローチを提案して追い抜いていってしまいます。
もちろん、「クラシック」とは、曖昧な言葉です。「クラシックカー」と言う場合、それは時の試練に耐えたことを示しているでしょう。「クラシックな小説」であれば、長い時を経てもなお人気を誇る古典です。その意味で「クラシック」とは、おそらく「タイムレス」であることを意味するのだと思います。
「タイムレス」でありつつも、ファッションでは変化も求められます。
何かでヒットすると、それを繰り返すようになってしまいます。けれどもそれでは飽きられて、突然人気を失ってしまうことにも繋がります。
ですから、自分の強みを持ちつつ、そこに少しだけ新しいことを加えていく必要があります。ただ、極端に変えてはいけません。根本的に変えてしまっては、自分の顧客を失うことになるからです。

そうした姿勢が、ブランドの緩やかな成長に繋がっているのですね。
はい。テーラリングを例に挙げるのならば、たとえば今、ライニングも、芯材も、パッドもないジャケットを作っています。こんなことを20年前にしていたのならば、質が低い、形がしっかりしていないと批判されたことでしょう。けれども今では、このようにリラックスしたジャケットは、いっそうモダンな印象を与えてくれます。時代を観察し続け、その時々の雰囲気にマッチするようテーラリングを変えているのです。
ファッションデザインの着想源は何でしょう?
アート、写真、映画など、さまざまなカルチャーです。カルチャーは常にわたしたちの身の回りに溢れているので、そこから着想を得るのは簡単なことです。
ポール・スミスさんは、自ら写真を撮りますし、若い頃から絵画や写真を集めていましたね。ファッションとカルチャーとの関係をどのように捉えていますか?
アートやグラフィックデザイン、写真、建築といったカルチャーはいずれも、作り手それぞれが独自の考えを持ち、そこから新しい作品を生みだす「創造性」を基盤に持っています。これらは、ジャンルは異なれども通底しているのです。
ファッションデザインは、あらゆる点において創造性に関わるべきであるかどうか、わたしは確信しているわけではありません。けれども今、多くの人々が互いに模倣し合っている状況では、デザインとはもはや、創造的なものではなくなりつつあることは確かです。
カルチャーといった着想源を自身のデザインに落とし込む際、何に注意を払いますか?
受け手がどういった人々であるのかを知っている必要があります。たとえば、世代や、集団の特性です。ポール・スミスというブランドは世界中に展開していますので、それぞれの国におけるニーズから人口統計までを把握しなければいけません。つまり、自分は誰のためにデザインしているのか?ということです。
大事なことは、感受性豊かにいるということだと思います。そのためには、ひと息つく時間が必要です。何か確信を持てないことがあるのならば、時間をとって、決断を強いられない状態に置けるようにします。そうすれば、いっそう感受性豊かになれるでしょう。
そうした感覚は、若い頃からカルチャーに親しんできたことで育まれてきたのですか?
わたしが育ったイギリスの1960年代は、若者文化が花開いた時代。当時のロンドンには、自己表現とでも呼べる文化に溢れていました。髪を長くしたい。もっとカラフルな服を着たい。若者は、とにかく自分の親とは違っていたいと望んでいたのです。
それ以前、第二次世界大戦の間には戦争の恐怖があったので、自分を表現する余地はなかったでしょう。けれども1960〜70年代になると、人々はようやく実験ができて、ローリング・ストーンズやザ・ビートルズといった面白いバンドと出会うことができるようになりました。音楽ならばパンク、モッズ、そしてニューロマンティックなどを通して、自己表現ができるようになっていったのです。
こうした自己表現とは、ただ「違っている」ことを求めるものであって、有害でも、攻撃的でもありません。ですから私は、このような自己表現は素晴らしいものだと思っています。
ポール・スミスというブランドのひとつの根幹が、テーラリングです。そのエッセンスをどのように捉えていますか。
テーラリングは、着る人をとてもエレガントに見せてくれます。いわば、写真を取り囲むフレームのようなものであって、ほかの人の視線を引き付けてくれるのです。もちろん、品質や構造、着心地も重要です。
たとえば、もし飛行機に乗ろうとして、機長がショーツにTシャツ姿ならどう感じますか? おそらく誰もその機長を信頼しないでしょう。それが知的なストライプ柄のテーラードスーツを着れば、機長は信頼感を与えることができます。テーラリングとは、信頼感というポジティブな感覚をもたらすことができるのです。
テーラリングを実際に手がけるとき、コアとなる発想とは何でしょう。
どのような形のテーラリングであっても着やすいものである必要があると考えています。デザインを施しすぎると高価になって一般の人は買えなくなってしまいます。
同時に、時代に合わせた変化も忘れていません。
スポーツウェアやジップジャケットなどに使われる、機能性素材を使うことはその例ですね。今では多くの人々が週末にスポーツをしたり、歩きに出かけたり、サイクリングをします。そういった人々が親しんでいるファブリック、機能性素材を使う必要が出てくるのです。
その一例が、「トラベルスーツ」。これは、多くの人々が列車や飛行機で旅をする現代に向けた、機能的なスーツです。アンライニングで快適ですし、シワにもなりにくいため、目的地に到着したときにもエレガントな見た目をキープしてくれます。
テーラリングの社会的な意味やイメージが変化しているのですね。
テーラリングはかつて、フォーマルなシーンのためのものでした。真面目な仕事であったり、面接であったり、結婚や葬式といった冠婚葬祭であったり。けれども今では、もっとリラックスしたものです。
実際、テーラリングの構造自体は、昔も今もほとんど同じです。違いは、素材がより軽やかになったということ。かつてイギリスのテーラリングでは、ツイードやコーデュロイなどが使われ、とても重厚でした。今では、空調や車などがあるので、素材の重厚さはあまり必要とされないのです。





