イギリスを代表するデザイナー、ポール・スミス(Paul Smith)。「ひねりのあるクラシック(Classic with a twist)」という言葉に象徴されるように、伝統的なテーラリングの技術にモダンな感覚を融合したファッションを手がけてきたポール・スミスは、自身の小さなブティックからスタートし、今や世界的に知られるブランドを展開している。その足跡とファッションに対する信念について、話を伺った。

1946年、イギリスのノッティンガムに生まれたポール・スミスは、1970年に自身のブティックをスタートし、以後半世紀にわたってデザイナーとして活躍し、今では、グローバルに展開する大きなブランドに成長している。
ファッションに興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか。
子供の頃は、自転車競技の選手になることを目指していました。けれども17歳の時、大きな事故に遭ってしまい、夢を諦めなければなりませんでした。半年の入院を経たのち、故郷ノッティンガムのアートスクールの学生たちと親しく交流するようになりました。グラフィックデザイナーも、建築家も、写真家も、そしてファッションデザイナーもいました。
こうして、ファッションやデザイン、建築についての話を聞くようになったことをきっかけに、ファッションに興味を持ち始めました。自分のブティックを出店しようと思い立つようになったのです。

興味を持ったあと、実際に行動に移すのは大きな決心が必要だったのではないでしょうか?
事業を立ち上げることを勧めてくれたのは、妻となるポーリーン・デニアでした。
ポーリーンは、ロンドンでファッションを学び、私と出会ったときにはノッティンガムのアートスクールで講師を務めていました。彼女が学んできた“服を美しく作ること”は、わたしたちにとって本当に大切なことになりました。ポーリーンのもと、パターンをどうカットするか、どう縫うかといったファッションデザインばかりでなく、ビジネスについても学びました。
そうして、ノッティンガムに最初のブティックをオープンしました。金曜日と土曜日だけオープンする、とても小さなブティックです。
その後、ご自身の名前を冠したブランドを立ち上げ、メンズコレクションを発表しました。
わたしが望んだのは、「スタイリスト」のようなデザイナーではなく、服をデザインするという意味での「デザイナー」になることでした。
ブランドを始めたとき、難しかったことは何ですか?
どのように知ってもらうか、顧客を得るか、どのようにオーダーを増やすか、どのように収入を得るか。つまり、今のデザイナーが直面する問題と同じことですね。
そういった問題を、どのように乗り越えたのでしょうか。
とにかく何でもする意気込みはありました。服をデザインすることはもちろん、縫うこと、売ることもできましたし、テーブルを持ち上げて、箱だって運びました。これはやらない、あれもやらない、デザインだけするんだ、という感じではいけません。
わたしが成功した理由のひとつは、覚悟だと思います。成功したいのならば、何でもやってやろうという覚悟がなければいけません。疲れているときもたくさん働いて、もしお金が足りなければ、別の仕事をする。起業家精神とはそういうものだと思います。実際、わたしは20代前半には9つの仕事を掛け持っていました。
ブティック経営、デザイナーに加えて、どのようなことをしていたのでしょうか?
たとえば、ファブリックのデザインをしていましたし、カラー・コーディネーターやスタイリストでもありました。ファブリックを売って、写真も撮ってと、たくさんの仕事を掛け持っていて、多くはないけれどもお金を稼いでいました。
わたしはそこで、人生について、間違いについて、良いものについて、悪いものについて、そしてコミュニケーションついて学びました。特にコミュニケーションです。ビジネスを進めるうえでは、その時々の状況を読む必要があります。自分は大らかな性格だと思いますけれども、そうではない人だって当然いるわけで、そこでコミュニケーション能力は重要な役割を担います。
ブランド「ポール・スミス」は、小さなブティックからスタートして、どうしてここまで成長できたのでしょう。
ゆっくり、穏やかに成長できたことが大きかったと思います。
当時を振り返って、若いデザイナーにアドバイスはありますか?
今の若いデザイナーは、ロケットのように成長し、大きくグローバルになりたいと望む傾向にあるように思います。服飾の名門校を卒業したら2〜3年で有名になりたいと考えるのです。けれども、それは多くの場合、失敗に繋がります。
わたしは当時、とにかく生活できればよいと考えていました。有名になりたい、グローバルに展開しようという野望はありませんでした。ゆっくりと成長できればよかったのです。それが、のちに確かな基盤となりました。もし急激に成長しようとするならば、持てるだけの資金を使い果たしてしまい、一時的に有名になれたかもしれませんが、長期間続かなかったと思います。
創業当時、ファッションデザインにおいて重要だと思っていたことは何でしょう。
わたしがブティックを始めた頃は、自分の頭や心の中で好きだと思うものをデザインして、人々に気に入ってもらえることを願っていただけでした。
今とは状況がまったく違うでしょうね。当時は、SNSもECサイトもないですし、ファストファッションもありませんでした。今は、資金調達やグローバルな姿勢など、すべてがビジネスの公式のようになっています。
ファッションブランドの運営において重要視していることは何でしょう?
商業性とファッション性とのバランスです。構成で言えば80%は実用性を意識し、20%はファッションショーなど、華やかなシーンを意識しています。多くはとてもベーシックなものです。
デザイン性が強すぎるファッションは、簡単には着てもらえません。今日、多くの人々は、よりシンプルなものを着ていますから。
服をデザインするとき、何を大切にしていますか?
シンプルさです。そして色も、とりわけ得意としてきました。異なる色柄のライニングや刺繍など、ディテールには気を配ってきました。
たとえば、こちらのテーラードジャケット。ラペルという小さいディテールに、マルチカラーのストライプをあしらっています。過去には、色とりどりにプリントを施したライニングも使ったりと、ディテールに工夫を凝らしてきました。
こういったディテールに、ポール・スミスのキーワードである「ひねりのあるクラシック」が表れているのですね。「クラシック」をどのように捉えていますか。
「クラシック」が意味するものは昔と今では異なっています。現代では、白や黒のTシャツも「クラシック」だと言えます。
と、いいますと?
つまり、着やすいということ。人から注目を集めるためのものでも、何か過激なものでもありません。「クラシック」とは、たとえば、均衡の取れたプロポーションや心地よいフィット感を意味しているのです。


