2025年9月3日(水)より上演の音楽劇『ハムレット』にて、主演を務める片岡千之助にインタビュー。
シェイクスピアが手がけた四大悲劇のひとつ『ハムレット』は、父王の死と母の再婚に悩む若き王子・ハムレットを主人公にした戯曲。葛藤や狂気、裏切りが絡み合い、深い人間の苦悩を描き出した傑作が、シェイクスピア初演当時の楽曲を再現した生演奏を添え、歌舞伎、ミュージカル、オペラが融合した新たな“ルネサンス音楽劇”として上演される。
主人公の王子・ハムレットを演じるのは、歌舞伎界の名門・松嶋屋、片岡仁左衛門家に生まれた片岡千之助。4歳から歌舞伎の舞台に立ち続け、映画『わたくしどもは。』や『九十歳。何がめでたい。』に出演するなど、俳優としても活躍の場を広げている。2023年に大学へ復学しており、現在、歌舞伎の舞台を一時休止。そんな中、祖父である人間国宝・片岡仁左衛門もたびたび主演を務めたハムレットに挑む。
音楽劇『ハムレット』ストーリー
デンマーク王が突然の死を遂げると、王の弟・クローディアスが王妃・ガートルードと結婚し、新たにデンマーク王の座に就いた。王子のハムレットは、父の死と母の急な再婚に心を乱され、苦悩の日々を送ることとなる。
ある夜、ハムレットは父の幽霊と出会い、父がクローディアスに毒殺された事実を告げられる。復讐を決意したハムレットは狂気を装い、クローディアスの罪をあばこうとするが、その行動は悲劇的な連鎖を引き起こし……。
取材日は『ハムレット』の上演を5日後に控えた、通し稽古。稽古前は、役者が口ずさむセリフや軽やかに交わる剣の音が飛び交い、和やかな空気が漂っていたが、いよいよ通し稽古が始まると空気が一変。照明や音楽こそ変化しないが、ひとりひとりから役の空気感が立ち上がり、シェイクスピアの世界へ引き込まれるようだった。
物語の鍵を握る、父が毒殺されたことを告げられるシーンでは、ハムレットの声や身体、細かな息遣いにまで感情が宿り、ひとつひとつのセリフでビリビリと現場が震えるほどだった。恋人オフィーリアを強く突き放したり、周囲に突拍子もない発言をして振る舞ったり、あえて狂気を装うハムレットの姿からは、自分の運命に対する強い決意がはっきりと伝わってきた。
そんなハムレットを演じる、片岡千之助にインタビュー。片岡千之助が魅せる“ハムレット像”や人生の苦悩について語ってもらった。
名だたる役者が演じてきた、歴史ある『ハムレット』に挑みました。千之助さんが目指すハムレット像とは?
僕が目指すのは、まず“ハムレットであること”の説得力です。ハムレットが自分の運命を決め、命をかけて歩み、やがて死に至るまでの“自然な儚さ”。そして、その儚さとは対照的に浮かび上がってくる芯の強さ。
舞台に立つ僕を通して、その姿をそのままお届けしたい。僕らしいハムレット像は、最終的には見てくださったお客様の言葉によって生まれると思っています。
千之助さんのいう“自然な儚さ”とは?
僕も、皆さんも、ハムレットも、生まれてから死に至るまで、人生って儚いじゃないですか。生きることも、死ぬことも、人が本来的に持っている“自然”の一部。その感覚を、作り物ではなく自然体のまま舞台上で立ち現れさせたいんです。
ハムレットの苦悩にも通じる、忘れられない出来事は?
あります。12歳くらいの頃、初めての自主公演「千之会(せんのかい)」を開いた時です。それまでの僕は、祖父や父に教わりつつ歌舞伎の演目に出させてもらう立場。ところが本番が近づいたところで、「今回は自分が代表しなきゃいけない」と気付いた。
その“決定的な違い”とは?
プレッシャーに負けて、体に染み込んだはずの所作も馴染まなくなっていきました。
そして本番。大好きだった拍手や視線、照明、あの舞台特有の高揚が、初めて“恐怖の波”に変わって僕をさらっていく感覚となる。幼いながら、「もう僕の人生は終わったんだ」とまで思いました。ハムレットの言葉でいえば、「つゆのように溶けてしまいたい」という気持ちに近かったです。
そこからどうやって立ち直ったのでしょう?
当時の僕は、自力では乗り越えられませんでした。転機は、紹介して頂いた踊りの先生との出会いです。「踊ることは楽しいでしょ?お芝居って楽しいでしょ?」と、根っこにある喜びをもう一度体に思い出させてくれた。それまでの「稽古しなきゃ、頑張らなきゃ」という力みがほぐれて、表現の源が“楽しさ”に戻ったんです。そこから再び前に進めました。
歌舞伎を一度離れて『ハムレット』に挑む。大きな決断の軸は?
ずっとやってきた歌舞伎を離れること自体、普通はないことですよね。様々な意見、いろんな受け止め方がある。
賛否があるのは承知の上で、最後は直感を信じました。心に積もっていった考えと、周囲の流れや肌で感じる空気がバチンと合わさる瞬間がある。そこで「今だ、ここで一度離れよう」と急に腹が決まるんです。僕の好きなハムレットの言葉に「だが、なるようになれ」があります。あの境地に近いかもしれません。