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エミリオ・プッチ:EMILIO PUCCI
ブランドの始まり
1947年、高校時代オリンピックのスキーチームの選手だったエミリオ・プッチが、自分でデザインしたスキーウェアを雑誌「ハーパース・バザー」に掲載したこと。
エミリオ・プッチについて
エミリオ・プッチ(Emilio Pucci:1914-1992)はミラノ大学へ通った後アメリカ・ジョージア州アセンズの大学で学ぶ。1937年、オレゴン州ポートランドのリード・カレッジに在籍、社会学を専攻。39年、イタリア帰国後フィレンツェの大学で学び、41年、政治学で博士号を取得。大戦中にイタリア空軍でパイロットを務め、その後、政治家としてイタリア議会に10年間在籍。
47年、高校時代オリンピックのスキーチームの選手だった彼は、自分でデザインしたスキーウェアを雑誌「ハーパース・バザー」に掲載し、人気を博す。以後、同誌から女性用の冬服を依頼され、ニューヨークで売り出される。その後も1960年代にはマリリン・モンロー、エリザベス・テーラーによって上品なプリントが受け入れられ、「プリントの王子(Prince of Prints)」の異名を持つ。衣服やカーペット、アポロ15号使節団のロゴ等々まで手がける。
90年、CFDA(The Council of Fashion Designers of America)より表彰される。92年、エミリオが亡くなった後、娘のラウドミア・プッチ(Laudomia Pucci)がデザインを手がける。
97年、ミラノの会社に経営権を譲渡。2000年、LVMHグループの傘下に入る。2001-2001A/Wより、ジュリオ・エスパーダがアーティスティック・ディレクターを務める。2003S/Sより2005年まで、クリスチャン・ラクロワがアーティスティック・ディレクターを務める。
2005年、カラフルなグラフィックプリントに定評のあるマシュー・ウィリアムソンがクリエイティブ・ディレクターに就任。2006A/Wからウィリアムソンがコレクションのデザインを担当した。
2008年、ウィリアムソンは、3年契約の終了とともにプッチのデザインを終了。新アーティスティック・ディレクターには、エマニュエル・ウンガロなどでデザイナーを務めたピーター・デュンダスが就任した。