カール・ラガーフェルド:Karl Lagerfeld
ブランドの始まり
1984年自身の名を冠したブランド「カール・ラガーフェルド」を設立。また カール・ラガーフェルドは「シャネル」、「フェンディ」のデザイナーも担当する。
デザイナーについて
カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)は1938年 ドイツの北西部、ハンブルグに生まれる。父が乳製品の事業で成功し、裕福な家計で育つ。子供のころから絵の才能に秀でていたが、ファッションデザイナーに興味を持っていた。そんなカール・ラガーフェルドの夢を叶えるために両親は彼をパリに送り出す。
1952年 14歳で、パリに移住。 パリではオートクチュール組合が経営する洋裁学校にはいり、服作りの基礎を学ぶ。ここで一緒に学んでいたのがイヴ・サンローラン。1954年16歳の時に
IWS(国際羊毛事務局)のコンクールのコート部門で優勝。( この時ドレス部門で優勝したのがイヴ・サンローラン)
17歳からピエール・バルマンのアシスタントをはじめ、20歳でジャン・パトゥのアーティスティックディレクターと、オートクチュールメゾンで仕事をする。
新しい時代の流れの中でオートクチュールの存在に疑問を感じ、イタリアに渡りフィレンツェで美術史を学ぶ。ここで建築、絵画、彫刻的な考えを学ぶ。
イタリアからパリに戻り、今後はオートクチュールではなくプレタポルテと考え、プレタポルテに進出する。以後、自分のブランドを持たず、フリーで活動をはじめる。フリーとしてのはじめの仕事はクロエ。63年、クロエ創業者の任命により、クロエのヘッドデザイナーとなる。
65年、フェンディのデザイナーに就任。
83年、シャネルのデザイナーに就任。
84年、自身のブランド「カール・ラガーフェルド」をスタート。 86年、デ・ドール賞(金の指貫き賞)受賞。 88年、マルティーヌ・シットボンにクロエのデザイナーをバトンタッチするが、92年、クロエのデザイナーに再度復帰。結局クロエは5年間勤めた後、97年にステラ・マッカートニーにバトンを渡す。2005年、自身のブランドを、トミー・ヒルフィガーに売却。
トレンドセッターとしての地位を確立、シャネルの服のデザインする以外にも、サングラス、バッグと人気商品になった。2007S/Sコレクションを代表とするで白と黒を基調にしたミニスカート(ミニドレス)に大きなサイズのサングラスのスタイルは他ブランドにも大きな影響を与えた。
一時体重が100キロを超えていたがディオール・オムの細身のスーツを着たいがためにダイエットに挑戦、13カ月で42キロの減量に成功した。
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