松坂桃李と染谷将太のW主演による劇場アニメ『ひゃくえむ。』が、2025年9⽉19日(金)に公開される。
劇場アニメ『ひゃくえむ。』は、「チ。ー地球の運動についてー」を手掛けた漫画家、魚豊(うおと)の連載デビュー作である「ひゃくえむ。」を原作に、“100m走”に魅せられた者たちの狂気と情熱を描く作品だ。100mを駆け抜けていく間の、“たった一瞬”の輝きに自身のすべてを懸けて挑む、登場人物たちの生き様が見る者の心を熱く揺さぶっていく。
劇場アニメ『ひゃくえむ。』の主人公は、生まれつき足が速く、そのことで友達も居場所も手に入れてきたトガシと、夢中で走ることで辛い現実から逃れようとしていた小宮の2人。
今回は、トガシの声優を務めた松坂桃李と、小宮役の染谷将太にインタビューを実施。『ひゃくえむ。』の作品世界や登場人物たちの魅力はもちろん、作中でトガシと小宮が直面することとなる「不安」への対処法や、俳優として「才能」にどう向き合うのかについても話を聞いた。
劇場アニメ『ひゃくえむ。』のオファーを受けた時、作品のどのような部分に魅力を感じましたか。
松坂:登場人物の人生観や、陸上に懸ける思い、挫折の痛みが刺さり、思わず共感してしまいました。スプリンター(短距離走者)として100mに向き合った経験はないのに、なぜここまで共鳴できるのだろう……そう思うほど魅力的な物語です。出演が決まるタイミングで原作を読んだのですが「なんでこんなに面白い作品をもっと早く読まなかったんだろう?!」と思ってしまいました。
染谷:描かれていることが他人事じゃないと感じますよね。作中何か指摘されるようなセリフがあったら自分が指摘されたような気持ちになって「これって……俺のことか?!」となるくらい深く没入しました。
『ひゃくえむ。』のどのような部分が刺さりましたか?
松坂:陸上界の最前線で長年戦い続ける海棠(カイドウ)が、年長者でも「ずっとスプリンターとしてあり続ける」のだと覚悟している姿や精神性に憧れます。不安感、期待や希望を持ちながら、しがみついてでも王座を取ろうとして追い求める姿には美しさを感じるし、その姿が好きです。
染谷:僕は絶対王者の財津が講演会で言った言葉が衝撃的でした。財津が「敗北を恐れず」、それと同時に「敗北に震え」、「いかなる場面でも緊張を楽しむ」のだと語る場面があるのですが……、自分も役者として緊張を楽しみたいなって(笑)。
松坂:僕も楽しめるようになりたい(笑)。
染谷さん演じる小宮が「不安への対処法」を問いかけるのも同じ財津の講演会の場面でしたよね。おふたりは「不安への対処法」はありますか?
染谷:松坂さんどうしてますか?僕も聞きたいです。
松坂:不安への対処か……。僕の場合は、拒絶するというより、とことん不安を受け入れます。その不安は期日までに絶対やってくるから、それなら不安要素を全部できるだけ考えて、1回自分の中に落とし込む。それもウーッとなる作業ではあるのですが、1回そうしてみるとある時“裏返る”というか。
染谷:ええー!すごい。
松坂:不安をいっぱい抱えているけど、「大丈夫か!」みたいに吹っ切れる瞬間があるんです。自分がどうこうより、どこかのタイミングで、くるっと自然に裏返るタイミングがある感じです。
染谷:いや、裏返ったことないですよ!
松坂:あ、本当ですか(笑)!これしか思いつきませんでした。
染谷:僕も「裏返したい」って思うのですが、緊張や不安が膨張していくだけ。良くない想定とかもしたりして、きっと不安を受け入れられないんでしょうね。だから自分をどうごまかすか。裏返らないなら、せめて最小限にしたい。
自分をごまかす時になにか決めている方法はありますか。
染谷:その時々で、色々試します。本番ギリギリまでひたすら色々な人に話かけてみたり、カメラ前にいる時だったらわざとあくびしたり。目をつぶって深呼吸して、軽い瞑想に近いようなことをしてみたこともあります。脳みそを騙しに行くんです。
松坂:なるほど!脳から変えていくんだね。
染谷:でも!だからって「よっしゃいける!」となったことはないです。いつも不安は抱えながらになるので、「緊張を楽しむ」と言った財津の言葉があまりにも響いてしまいました。
あらためて、おふたりが演じたキャラクターについて教えてください、まず松坂さんは生まれつき足が速い“才能型”のトガシを演じました。
松坂:トガシは、小さい頃は負けなしの“才能型”ですが、ある時点を境に才能の限界を感じ始めます。限界を知ってからのトガシは「0.1秒」「0.001秒」の差で追い抜かれる現実と向き合わなければいけなくなる。大きな不安や緊張など色々な感情があふれ出すようになります。そんなトガシの気持ちの揺らぎや人間くさい部分に、僕は共感しました。
ご自身と重なる部分があったのですね。
松坂:トガシは一人で自分の才能と向き合い“自分の孤独との戦い”をしなければならない。僕に置き換えて考えると、新しい作品に入る時に感じる緊張感と重なるなと。「この作品が世に出た時にどう反応が返ってくるんだろう」とか色々考えて一人で不安になることもあるのですが、それも結局は「孤独との戦い」だと思います。
一方で、染谷さんは辛い現実を忘れるために走りはじめ、トガシと出会ったことでどんどん100m走にのめり込んでいく小宮を演じました。
染谷:小宮は、自分を分かっているようで分かっていない人間です。分からなくて殻に閉じこもりそうになるところを、走りを通してトガシが解放してくれる。彼にとってトガシはそんな存在です。たまたまトガシの学校に転校してきて、偶然出会ったことで強い衝撃を受け、影響を受けます。でもそれは一方通行ではなくて、小宮自身もトガシに影響を与えているんです。
でも、いきなり小宮は転校して消えてしまいます。お互いがそれぞれ爪痕を残し合って、ふたりはバラバラになって、成長してまた再会することになります。
お互いに影響し合いながらも時に離れたところにいたり、また同じ場所で切磋琢磨したりするふたりの関係性は物語の見所となっています。
松坂:トガシは小宮の走りを初めて見たときに「おっ」と思う。それから小宮と一緒に練習するようになって、その後、離れ離れになっても、小宮の存在はずっと頭の片隅に居座り続けます。ふたりとも成長してスプリンターとして活躍していくと、小宮の存在はどんどん大きくなっていきます。関係性が少しずつ友達からライバル、最終的にライバルを超越した、驚異的な存在へと変化していきます。
染谷:本当にこのふたりの関係はエモいなと思いました。大人になって再会したトガシと小宮は、変わらない土台はそのままに、子どもの頃に受け入れきれなかった部分を許容できるようになっている。成長したふたりが変化した部分を受け止め合う瞬間は、いびつではあるけれども美しいな、と感じました。
ちなみに、おふたりで実際に掛け合いながら声のお芝居をしてみて、感触はいかがでしたか?
松坂:「うわー、小宮だ!」と思いました。原作を読んでいる時の小宮の空気感がそのまま横から感じられて、小宮そのもののトーンだなと思いながら聞いていました。
染谷:僕も桃李君がトガシをやると聞いたときから「うわ、トガシだ……」と思っていたので一緒ですね(笑)!
「走ること」に夢中になったトガシと小宮。おふたりが幼い頃や青春時代に夢中になったことはありますか?
松坂:僕が中学生の頃、学校で「SLAM DUNK(スラムダンク)」が流行っていたんですよ。その勢いでバスケ部に入って夢中になりました。その時は身長が低い方だったので「宮城リョータみたいになりたい!」という単純な憧れで毎日ドリブルの練習をしていました(笑)。
染谷:僕は子供の時にジャッキー・チェンが好きで、毎朝ジャッキーを見てから学校に行っていました(笑)。
松坂:そんなルーティーンがあったとは。
染谷:毎朝見ていました。蛇拳とか、アクションのマネして遊んだり。僕にとっては、映画を好きになるきっかけがジャッキー・チェンとジェームズ・ボンド。父が好きだったのでその影響を受けて、幼稚園からずーっと見ていましたね。
松坂:渋いですね(笑)。
染谷:ほんとにねえ、小学校低学年でジェームズ・ボンドを見るとか間違った教育だなとは思うんですけど(笑)。
トガシにとっての小宮、小宮にとってのトガシのようなライバルといえる存在がおふたりの近くにもしいたら、どうでしょうか?
松坂:刺激はもらうと思います。もし周りの俳優さんでライバルのような存在がいたら士気が上がるんじゃないかな。「こういう監督と一緒にやるんだ。自分もやってみたいな」と思ったり、自分を鼓舞するいい機会になると思います。
染谷:10代の頃のオーディションの話ですが、一緒に受けているライバル、候補者からはいつも刺激をもらっていました。自分と立場やタイプが近い人たちと一緒に審査を受けることが多く、他の人の演技を間近で見れるんです。「前のオーディションではこういう芝居をしていた人が、今回はまったく違う芝居をしている」その変化が強く印象に残りました。人のアプローチの幅や取り組み方を見ること自体が、大きな勉強になっていました。