■素材に隠されたストーリー

私の中でこだわっているのは、土地ごとの羊がもつキャラクターを出してものづくりをすること。例えば、オーストラリアにはメリノウールがあるし、イギリスには英国羊毛のウールがある。光沢のあるものやごわついたものなど、ウール100％と行っても一言では表せないこだわりがそれぞれに存在します。

英国種の黒い毛の羊からできた糸

当社が取引しているところで、夫婦2人で営んでいる農家がオーストラリアにあって。彼らは、交配のときにいい血筋のものを混ぜて、羊をストレスフリーの環境で育てています。だから、世界でも珍しい極細のウールを作れるんですよね。

私は、彼らのことを知ってオースオラリアに行き、原料を作っているところまで見せてもらって「あなたの作る原毛を買いたい」と直接伝えました。そして、取引するようになりしばらく経ってからのこと。彼らの原料100％で作ったセーターをプレゼントしたことがありました。

すると、彼らは涙を流してくれたんです。セーターって自分たちの原料100%なんてまずありえない。純粋にものづくりに対して強い思いを持っている彼らだからこそ、本当に心から喜んでくれました。

良い素材はどれをとってもすごく深いストーリーがある。私はそれを一番大事にしたいと思っています。

■歴史を変えたモヘア糸

500㎏のモヘアを使って完成させた糸は、歴史の深いヨーロッパで20年かかってもできなかったもの。これは、ニットの「カジュアル」というイメージを変化させたのではないかなと思います。

事実、通常はオートクチュールを着ることが多いアメリカ大統領の就任式で、ミッシェル夫人が当社のモヘア糸を使ったニナ リッチのカーディガンを着てくれました。たかだか糸ではありますが、やはり1つの歴史を作ったということはすごいことだと感じています。

あと、もう1つ嬉しかったことが。就任式で使われているということを、私はブランド側からの連絡で知りました。「正樹！お前の糸で作ったニットが着られているぞ！」と。

私も、その知らせを聞いてすぐに、原料を作ってくれた農家に報告しました。こんな風にパートナーシップを大切にすること、お互いの信頼関係を築いていくことも、ものづくりをしていく上で非常に大事なことだと思うんです。

■糸に秘められた無限の可能性

例えばアルパカの糸はすごくぬめりがあって、触った時にすごくしなやか。でも、それ単体だとかなり重くなってしまいます。そこで、英国羊毛をまぜると、アルパカのぬめりがありながらふわりと膨らむ、といった新たな糸を作ることができるんです。

“佐藤繊維式紡績”で作っている糸の中には、紙を包んだラッピングヤーンというものや、シルクとカシミヤを混ぜた光沢のある糸といったものがあります。

天然繊維はそれぞれに機能があり、異なるものを合わせることによってお互いをカバーすることができます。素材同士補いあうことで、これまで存在しなかった新しい糸を完成させられるんです。だから、糸にはいろんな可能性があると感じますね。

シルク、モヘア、さらには紙まで、
あらゆるものを組み合わせて多種多様な糸に

■進むべき道

当社は、誰もが知るメゾンブランドに使ってもらっていることが世間に知られてから、ほかの多くのブランドでも使われるようになりました。ファッション業界自体がそうでもありますが、誰かがいいと言ったら使うけどそれまでは使わないっていのが多いですよね。

だから今後は、世界のブランドたちが「佐藤繊維の糸で作るのが夢だ」と思ってくれればと。そして、みんなのステイタスになるようなところを目指していきたいです。