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ファッションブランド一覧:カルティエ

カルティエ:Cartier

ブランドの始まり

1847年ルイ・フランソワ・カルティエがパリにてジュエリーのメゾンを開く。

ブランドについて

1847年マスタージュエラーの称号を受けたルイ・フランソワ・カルティエが、師匠のアドルフ・ピカールから、パリ・モントルゲイユ街29番地のアトリエを譲り受ける。

1853年カルティエ、パリ、ヌーブ・デ・プティシャン通り5番地で、顧客用のブティックを開く。1888年、時計部門スタート。1899年、2代目のアルフレッドカルティエは高級店が並ぶモードの中心地、ラ・ペ通り13番地に移転。1900年、銀の代わりにプラチナをセッティングに使用。アルフレッドは3人の息子に経営を託し、この後、3人の兄弟はロンドン、ニューヨーク、パリで活躍、世界進出を果たす。3人の息子で中心的な役割を果たしたのがルイ・カルティエである。

3代目のルイ・カルティエは友人であるブラジル人飛行士アルベルト・サントス・デュモンから飛行機の中で使える新しい腕時計の製作を依頼されたのをきっかけに、宝石製作だけでなく、腕時計の分野にも進出し、レザーストラップ腕時計を製作。「サントス」が誕生するとともに、これが初の腕時計ともいわれている。この3代目ルイ・カルティエにより今日のカルティエの基盤が築かれた。彼は常にモードを造ることを心がけて、アバンギャルドな路線でブランドの革新を続けた。その一つが現在ではスタンダードになっているプラチナの使用である。

1902年、ニューバーリントン通り4番地にカルティエ・ロンドンがオープン。 04年、イギリス国王エドワード7世、スペイン王アルフォンス13世の御用達店となる。エドワード7世は「王の宝石商であるから、宝石商の王である」とカルティエを讃えた。これを皮切りに、1939年までの間に15ヶ国の王室御用達を勅許状を拝命。 そのうち、9王室の紋章が現在もパリ本店の各入り口左右に掲げられている。

1905年、ポルトガル王カルロス1世の御用達店に。06年、抽象的、幾何学デザインの「アールデコ」ジュエリーを試作。初の量産型腕時計、ブレスレッドウォッチ「トノー」を製作。 ロシア皇帝ニコライ2世の御用達店になる。 1908年、シャム国王パラミンドル・マハ・チュラロンコルンの御用達店になる。

1909年、ロンドン店 ニューボンド通り175-176に移転。 シャルル・ジャコーが入社。08年、ルイがパリのオークションで買い上げたブルーダイヤモンド「ホープ」をピエール・カルティエが販売。「C」を組み合わせたロゴマークが誕生する。 11年、04年のモデルを原型にした腕時計「サントス・デュモン」を発表。

1912年、パリ市議会、カルティエの「皇帝の卵」を皇帝ニコラス2世に贈呈 (現在はニューヨークのメトロポリタン美術館内に収蔵)。 最初のバケット(BAGUETTE)カットのダイヤモンド創作。 バゲットはフランス語で「棒」の意味で、ダイヤで用いられる段状のカット。 長方形の宝石となり、 ルイ・フランソワ・カルティエが創出。20年代、アールデコの幾何学的なデザインを代表するものとなる。 「コメット」クロック発売。

1913年、28歳の天才時計師、モーリス・クーエ、初のミステリークロック「モデルA」を発表。水晶の中に文字盤が浮いているように見えるため、この名がついた。1914年パンテール(豹)モチーフを初めて採用。 当時の女性ディレクター、ジャンヌ・トゥーサンのあだ名がパンテールだったことによる (当時、まだ珍しかった毛皮をよく着ていたため)。

17年ピエール・カルティエが55個と73個の2連真珠ネックレスをモートン・F.プラント邸と交換したことにより、 カルティエ・ニューヨーク店は5 番街653番地に移転。

ニューヨークにEuropean Watch&Clock Co.Incを設立。ベルギー国王アルベール1世御用達店になる。 「カルティエフレール」を「カルティエSA」と改称。

1924年、スリーカラーのスリーゴールドリングとブレスレッド誕生。25年、アルフレッド・カルティエ死去。 29年、サンモリッツに支店を開設。 エジプト王フーアド1世の御用達店になる。31年、グラモン公爵のために、初めてアカデミー・フランセーズ会員の剣を製作。 「ミステリー懐中時計」を発表。

45年、ピエール・カルティエがカルティエ・パリとカルティエ・ニューヨークの社長に就任。ジャックの息子のジャン・ジャック・カルティエがカルティエ・ロンドンを経営。 48年、ルイの息子、クロード・カルティエが、パリに戻った祖父のピエールからカルティエ・ニューヨークの社長を引き継ぐ。 ウィンザー公夫人、パンテール・ブローチをパリで注文する。
(1987年、ジュネーブのサザビー・オークションで、カルティエ・コレクションのために買い戻される)。

55年、ジャン・コクトーのために、彼自身のデザインによるアカデミー・フランセーズ会員の剣を製作。 1965年、ピエール・カルティエ死去。 1968年、カルティエ・ブランド初のオーバル型高級ライター(収納式ローラー)誕生。

69年、カルティエ・オークションで69.42カラットのペアシェイプカットダイヤモンドを買い、これをリチャード・バートンに売る。彼は、このダイヤモンドをエリザベステイラーに贈る。これが有名なカルティエ=バートン=テイラー・トライアングル。アラン・ドミニク・ペラン、「ブリケカルティエ(カルティエ ライター)」社に参加。カルティエ・ジュネーブがオープン。同年、カルティエ・ニューヨークのデザイナー、アルド・チブロのアイデアにより、ラブ・ブレスレット発表。

72年、ジョゼフ・カヌイを中心とする投資家グループがカルティエ・パリを買取り、ロベール・オックがカルティエ・パリの社長に就任。

74年、先の投資家グループによるカルティエ・ロンドンの買い取り。「レ・マスト・ドゥ・カルティエ」東京店がオープ ン。 76年「レ・マスト・ドゥ・カルティエ」ラインのヴェルメイユ腕時計のコレクションを発表。さらにオーバルペン(楕円形万年筆)を発表。

78年スティール&ゴールドの腕時計「サントス」を発表。カルティエ・スカーフ初のコレクションを発表。ジャンヌ・トゥーサン死去。 79年カルティエ・パリ、カルティエ・ロンドン、カルティエ・ニューヨークを「カルティエ・モンド」の下に統合、世界中のカルティエ利権を統合する。ロベール・オック事故死。ジョゼフ・カヌイ、「カルティエ・モンド」の社長に就任。

81年「カルティエ」と各地の「レ・マスト・ドゥ・カルティエ」合併。アラン・ドミニ ク・ペラン、「カルティエ」と「カルティエ・インターナショナル」の社長に就任。「マスト」と「サントス」の香水を発表。 82年ミシュリーヌ・カヌイ、宝飾部門の責任者となり、「カルティエの芸術」をテーマとする彼女の最初のニュージュエリーコレクションを発表。

83年エリック・ヌスバウムを責任者として「カルティエ・コレクション」を集成。このコレクションにより、カルティエの歴史的、芸術的発展が一望できる。腕時計「パンテール・ドゥ・カルティエ」を発表。続いてアイウェア「マスト」、「VLC」を発表。 84年ゴールドとパールをテーマとする第2回ニュージュエリーコレクションを発表。 「カルティエ現代美術財団」を設立。

85年、1943年の防水腕時計にヒントをえた腕時計「パシャ」を発表。 86年「パンテール」をテーマとする 第3回ニュージュエリーコレクションを発表。腕時計「マスト・21・ヴァンテアン」(オール スティール)を発表。万年筆「パシャ・ドゥ・カルティエ」を発表。

87年香水「パンテール・ドゥ・カルティエ」を発表。テーブルウェア(ポーセリン、 クリスタル、シルバーウェア)のコレクション「メゾン ドゥ カルティエ」を発表。 88年エジプトをテーマとする第4回ニュージュエリーコレクションを発表。紳士用アクセサリーの「パーソナル・ライン」を発表。

カルティエは、「ピアジェ」社、「ボーム&メルシエ」社の最大株主となる。「カルティエ インターナショナル」、パリ8区フランソワ1世通り51番地に本拠を置く。

89年腕時計「タンク・アメリカン」を発表。パリのプティ・パレ美術館で初 の本格的回顧展「カルティエの芸術」展開催。 90年「パンテール・ドゥ・カルテイェ」ハンドバッグを発表。

1991年「インドへの道」をテーマとする第5回ニュージュエリーコレクションを発表。ニュージュエリーコレクション「インド ギャラン」を発表。国際高級腕時計委員会(C.I.H.H.)創設。第1回国際高級時計展(S.I.H.H.)開催。腕時計「ディアボロ」を発表。万年筆 「パンテール・ドゥ・カルティエ」を発表。 92年腕時計のニューコレクション、「ベニュワール」、「カスクドール」、「ベルエポック」を発表。続いて腕時計「ミニ パンテール ドゥ カルティエ」を発表。万年筆「クーガー ドゥ カルティエ」を発表。オードトワレ「パシャ・ドゥ・カルティエ」を発表。

93年、投資家グループにより、ヴァンドーム・グループ(現在のリシュモン)が設立される。カルティエ、ピアジェ、ボーム&メルシエ、ダンヒル、モンブラン、クロエカール ラガーフェルド、スルカ、ハケット、シーガーが参加する。クロノリフレックス ムーブメント ウォツチ「パシャ、クーガー・ドゥ・カルティエ、ディアボロ」を発表。「マスト・ウォッチ」と「エリプス」リングを創作。パステル調のクロコダイル「ミニ・パンテール・ドゥ・カルティエ・バッグ」を発表。

1994年ジュエリー「ナチュラ」コレクションを発表。サントス・デュモン・ウォッチの90周年を記念して、プラチナとピンクゴールドの限定版サントス・デュモンを製作。男性用レザーグッズコレクション「ゴールド・オン・ブラック」を発表。カルティエ現代美術財団がパリ左岸ラスパイユ大通り、ジャン・ヌーベル作の建築物に拠点を置く。1995年ウォッチのニューコレクション、「パシャ」と「パシャC」を発表。万年筆「ルイ・カルティエ」を発表。パルファン「ソー・プリティ・ドゥ・カルティエ」を発表。

1996年ウォッチのニューコレクション、「タンク・フランセーズ」を発表。 97年、ブレスレット「アニバーサリー」発表。側面に希望のメッセージを刻み込むことができる。

2002年新作時計「ロードスター」発表。リシュモン グループの統合に伴い、日本法人も2001年1月1日付けでリシュモンジャパン株式会社となる。
資本金は2億5千万円。

2005年11月26日、カルティエ 南青山ブティックがオープン。国内では32店舗目、ダイヤモンドを連想させる外観は銀座2丁目ブティックも手がけたブルーノ・モワナーがデザイン。
同時に青山との共生を図る「カルティエ青山芸術文化サロン」も発足。音楽家の坂本龍一らが参画し、シンポジウム開催やタブロイド誌発行などを手がける。

公式サイト

Cartier | カルティエ(日本語)
 http://www.cartier.jp/