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adidas

アディダス

ブランドのはじまり

1924年、アドルフとルドルフのダスラー兄弟が体育館用のシューズを開発。兄弟は1948年に独立して、アドルフはアディダス(adidas)、ルドルフはルーダ(1949年からプーマに変更)を設立した。

アディダスについて

靴工房を運営した父の薦めで、アドルフとルドルフの2人のダスラー兄弟は、ドイツ、ヘルツォーゲンアウラッハ地域の慣例に従って、靴工房で靴職人の見習いを始める。水車小屋からフェルトクズを得て、そこからゴムチューブなどでスリッパを作り、各地の市場に販売されたという。

1920年、ダスラー兄弟商会設立。1924年、靴紐の変わりにゴムの付いた革底を使用した体育館シューズを開発。1925年、地元の体育協会が大量に靴を注文したことでブランドは軌道にのる。世界恐慌の煽りを受けながらも、ベルリンオリンピックの効果で再度ブランドは盛況となる。戦争を機に一時生産をストップするが、戦後、まもなく生産を再開。

しかし1948年兄弟喧嘩を機にアドルフ、ルドルフの兄弟は独立を決意。アドルフはアディダス、ルドルフはルーダを設立。ルーダは1949年、プーマへとブランド名を変える。プーマの由来はアメリカライオンのピューマから。(ただしプーマのロゴはチーター)

アディダスの由来はアドルフの愛称「アディ」と「ダスラー」をつなげたもの。

65年、テニスシューズ「ハイレット(後のスタンスミス)」を発表。これが人気となる。 70年、オールレザーのバスケットシューズ、「スーパースター」発表。サッカーのFIFAやオリンピックのIOCなど国際的スポーツ組織を巻き込んで、スポーツをビジネス化した。こうしてアディダスは世界一の売上高を誇るスポーツブランドにまで成長した。

80年代やや低迷するも、90年代、フランス人実業家ロベール・ルイ・ドレフュスが経営権を取得、本格的にブランドの再建をスタート。ドレフュスのもとでアディダスは黒字化、復活を果たす。その後、スポーツブランド、リーボックも傘下に置き、事業はさらに拡大した。現在では、NIKE、プーマとともに世界のスポーツ関連製品のブランドとしてはトップブランドの地位を確立している。

2001年、ストリートスポーツウエアブランド「adidas Originals (アディダス オリジナルス)」をスタート。1972年から1996年まで「adidas社」のカンパニーロゴだったトレフォイルロゴ(三つ葉のロゴ)をシンボルマークとし、アスリートのために開発された復刻商品から、現在のトレンドを反映させた新作モデルやコラボレーション商品まで、幅広いアイテムを展開している。また、ジェレミー スコットやサッカー選手のデビッド・ベッカムとのコラボレーションアイテムも人気。2012年12月現在、日本国内に25店舗の直営店を展開している。

アディダスは2001年秋冬シーズン、ヨウジヤマモトとコラボレートした「アディダス・フォー・ヨウジヤマモト」のコレクションを開始。2003年10月から、山本耀司とのコラボレートブランド「Y-3」を発表。2005年、ステラ マッカートニーとコラボレートしたブランド「アディダス・バイ・ステラ マッカートニー(Adidas by Stella McCartney)」を発表。

2006年、ポルシェデザインとパートナー提携し、スポーツ・コレクション「PORSCHE DESIGN SPORT」を発表。

2008年、ディーゼルとコラボレーションを開始。これはプレミアム・ジーンズのコレクションでブランド名は「Adidas Originals Denim by Diesel」。ディーゼルのクリエイティブチームとアディダスの新しく組織されるチームがデザインを手がける。

2009年、「アディダス シルバー(adidas SLVR)」を発表。アディダス シルバー(adidas SLVR)のクリエイティブディレクターにダーク ショーンベルガーが就任。同年10月、スニーカーのカスタマイズシステム「マイ・オリジナルス(mi Originals)」を日本でもスタート。

2012年、アディダス オリジナルス(adidas Originals)がオープニング セレモニー初のコラボレーションライン「adidas Originals by OPENING CEREMONY」を発表。

2013年、ラフ・シモンズがコラボレーションでのカプセルコレクション「アディダス バイ ラフ・シモンズ(adidas by Raf Simons)」を発表。

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公式サイト

URL:http://www.adidas.com/

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