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【インタビュー】エンダースキーマ 柏崎亮〜日本の職人たちと共に描く新しい形〜

【インタビュー】エンダースキーマ 柏崎亮〜日本の職人たちと共に描く新しい形〜|写真2

見た目はスニーカー、造りは革靴。そんな今までになかった靴を、日本の職人との協業から創り出す「エンダースキーマ(Hender Scheme)」。往年の人気スニーカーをオマージュした アイテムを始め、ヌメ革製のシューズやレザーのアクセサリーを展開し、国内外から多くの注目を集めている。今回は、エンダースキーマのデザイナーであり靴職人でもある柏崎に、ブランド立ち上げまでの経験や、日本の職人たちの誇り、“モノづくり”への思い、そして今後の展望について話を伺った。

靴作りを始めたきかっけを教えてください。

大学生の時に、様々なブランドのサンプル品を作っている小さな靴工房で働き始めたのが靴作りの始まりです。偶然見つけた、その工房で靴教室を開催していたのですが、費用が高かったので躊躇していました。当時は、洋服の学校にいっていたわけでもなく、ファッションも未経験でしたしね。さらに偶然が重なり、その工房の求人を見つけたので応募し、採用されました。実務を通じて靴作り学びました。


エンダースキーマ 2015年秋冬コレクションより

どのような経験をされましたか?

ブランドがコレクションに使用する靴のサンプル製作が主な仕事で、木型を削ったり、靴の本底を製作したりしていました。続けていたら一番の古手になっていて、大学生ながらコレクションの打ち合わせから木型の製作まで携わりました。靴は、コレクション準備の最後に行うことが多く、スケジュールがタイトなことが多いのです。時期によっては夕方にデザインをもらって次の日にラフサンプルを提出するようなタフな仕事場でした。ここで、デザインからサンプルができあがっていく過程を見ることができたのは貴重な経験でした。

知り合った職人さんの方々からも沢山学びました。まだ20代だったこともあり、年配の職人さんにも可愛がって頂き、休みの日に個人的に技術を習いました。やる気がある人には自分の培ってきた技術を少しでも継承したいと思ったのかもしれません。

もちろん、職人さんとして生きていくなら木型作りも10年はやらないといけません。僕の場合は、技術を学びながら、モノが出来上がっていく過程全体を俯瞰できるくらいの視点を持つことができました。


アトリエの風景

そのまま卒業後も靴作りを続けられたのですね。

振り返ってみれば、軽い気持ちだったかもしれませんが、もっと知りたい、もっと深く入りたいと思い、浅草に拠点を設け、様々な活動を行いました。まず、浅草の職人さんの元に通いながら、自分で靴を本格的に作り始めました。

やりたいことがあってもモノがないとお話になりません。浅草は材料屋や職人さんが集まっているので、作っては持ち込み、作りの部分に関してアドバイスをもらいました。一から靴を作りはじめ、靴は構造上の制約が多いことを実感しました。その傍ら、友人に靴を作ったり、頼まれて舞台用の靴などを作ったりしていました。それだけでは食べていけなかったので、青山の靴のリペアーショップでも働いていました。ここでの経験はエンダースキーマで活かされています。

エンダースキーマを立ち上げたきっかけを教えてください。

職人さんの元に通いながら、だんだん自分の好きな物が出来上がっていって、自分の表現したいことが固まってきました。そうすると、世の中の人がどう思うか反応を見てみたいと思い、展示会を開こうと思ったことでしょうね。

どういうことを自分で表現したいと思ったのですか?

デザインにおいて、メンズ、レディースということを分類したくないというのが1つの大きなテーマでした。売り場を見るとわかると思いますが、製作現場でも、紳士靴、夫人靴、など細かく分類されています。自分の行ってきたことがそういう既存の分類に当てはまるとは思わなかったし、自分の癖をもっと自由に、表現したかった。もちろん、男女で身体的に異なる部分は違いを表しますが、デザインにおいては同じです。

だから、Gの次のアルファベットであるHを使ってGenderを越えると意味を込めて、「Hender Scheme」というブランド名をつけました。

ブランド立ち上げ当初に悩んだことはありますか?

全てを自分で行うことに対して葛藤がありました。友人にあげる物としては問題ないし、サンプルとしても問題ありません。でも実際にお客さんがお金を出して買う製品の靴に対して、自分が作る品質でいいのだろうかと悩みました。いかに僕が靴の作り方に詳しくても、職人さんはその分野のプロ。

例えば、ミシン1つとっても、僕がミシンを踏むのに比べ、何十年も踏み続けている職人さんが踏んだ物との差はあります。パートパートにはプロがいて、やればやるほど自分でやるべきではないと感じました。考えた結果、職人さんにお願いしたほうがよいところは職人さんにお願いし、職人さんができない部分を自分で行うことにしました。

習ってきた職人さんに、対価を払って仕事をお願いしたと。

その通りです。これまで習ってきた職人さんの方々に工賃を払い、僕の表現したい靴を作ってもらうことで葛藤もなくなりました。ブランド立ち上げの展示会では、これまでのサンプル製作では自分で行ったことを、職人さんの方々にお願いしました。僕が知る限りの最高の職人さん達が、携わって出来上がった靴なので後ろめたさもなく、むしろ誇らしい気持ちでした。それまでに行ってきた経験、いい深さで技術を身につけてきた事が活きました。

職人さんがやったことのない工程もどうやったらできるという話し合いができて、物事を俯瞰しながら作ることができました。僕は職人ではありませんし、絵を描くだけのデザイナーでもない。立ち上げの過程を通じで自分の立ち位置、役割が少しずつ自分の中で明確になってきました。


エンダースキーマ 2015年春夏コレクションより

初めての展示会後、どんな気持ちでしたか?

何より嬉しかったことは、サンプルを作ってくれた職人さんたちに還元できるオーダー数を取れたこと。恩返しができたというか。数足しか作らないサンプル作りは、手間暇を考えると、職人さんにとって、割りの良い仕事ではありません。ある程度のまとまった数量があってこそ、生産者も相応の対価を得ることができます。好意で作ってくれた職人さんも多かったので、お世話になりっぱなしでは、関係性が続かないと思っていました。

大きなセレクトショップが買い付けてくれたおかげで、商売ベースで職人さんにお願いできる数量になりました。あたりまえのことですが、一度お願いして、終わりでは意味がありません。継続性が重要だとその時感じました。

次のページは「オマージュライン開始、そして秘めたコンセプト」について

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