シンヤコヅカ(SHINYAKOZUKA)の2026年春夏コレクションが、2025年7月14日(月)、東京の科学技術館にて発表された。テーマは、「The moon is floating in the room」。
夜空に浮かぶ月を綺麗だと思うこと、飾られた花を綺麗だと感じること──デザイナーの小塚信哉にとって、月と花、異なる場所にあるふたつのものが不思議と重なりあう空間が、「部屋」という私的な空間であった。部屋に浮かぶ月──部屋とはだから、ものを見る感覚に変容をもたらす、詩的な空間にほかなるまい。
部屋という空間にまつわるデザイナー小塚の経験を、ここで引いておこう。小塚は、事務所の屋上から月を眺めるのを好んでいるという。月自体に、何か象徴的な意味を読みこむのではない。そこにはただ、「なんか素敵だな」と感じる、どこまでも私的な感覚が響いている。
さて、小塚はある時、大阪の実家に帰ったおり、母親の部屋で過ごしていたという。「怠惰を形にした」ようにくつろぐなか、ふと、その部屋を見わたしてみる。それはいわば、「当たり前の」部屋であったという。目に入るのはたとえば、幼いころの自身の写真、色褪せた家族写真、そして小塚が18歳の時、母の日に贈ったという布のカーネーション。自らミシンで作ったこの布の花を、小塚は「なんか素敵だな」と眺めたという──ちょうど、屋上から月を見たときのように。
「素敵だな」と感じるのは、あるものを目にすれば必ずそう感じるというように、自明なことでない。そこに小塚は、「スイッチ」が必要なのではないか?と捉える。今季のコレクションは、そんな変容をもたらす心の「スイッチ」であった。シャツやパンツ、ローブなどにグラデーションを描きだす月光の姿、随所に散りばめられたカーネーションのモチーフは、そんな思いを仮託したものにほかなるまい。
ある場面とある場面を切り替える「スイッチ」。小塚にとってその最たる例が、自身が得意としてきたワークウェアだ──仕事着を纏えば、オフからオンへと感覚が切り替わるように。だから、コレクションでは、デニムジャケットやクロップド丈のワイドデニムパンツ、エプロン、ジャンプスーツなど、ワークテイストのウェアが数多く見られる。
けれども、それは徹頭徹尾実用的であるという意味で「機能的」であるのではない。小塚が注意を払うのは、あるものを見て「素敵だな」と感じる、心的な「スイッチ」の機能なのだから。実際、先のワークウェアを見れば、ジャンプスーツはシャツのように軽快、エプロンやジャケットなどには、部屋を彩るタペストリーを想起させる、総柄のファブリックが用いられている。それは、実用性以上に、衣服の肌理に対するときめきでなくて何であろう。
そう、ここは感覚に変容をもたらす、部屋という私的であるとともに詩的な空間なのだ。テーブルクロスを彷彿とさせる刺繍を施したカバーオール、柔らかなベルベットで仕立てたパジャマシャツ、身の回りの品々をモチーフにプリントしたシャツにパンツ──そこには、部屋に見出せるもの、部屋にのなかにいる親密な雰囲気が、温かく、柔らかく、そしてどこか雑多な佇まいで反映されているといえよう。
部屋には往々にして、何か生活のうえで便利な、言い換えれば機能的な役割を担って、多様なものが、ややもすれば雑多にひしめいている。一見無秩序なこの雑多さには、しかし、そうした品々を求め、設えるという営み──それは時として無意識的な営みだ──のなかで、その部屋に住まう人の存在と記憶が照り映えのどこく立ち現れるのではなかろうか。翻って今季のシンヤコヅカは、部屋という雑多で、しかし親密な空間に詩的な感覚を結晶する、ささやかなプリズムのように作用しているのかもしれない。