クロード・ルルーシュClaude Lelouch
フランス/パリ出身 1937年10月30日生まれ
映画作品・クレジットMovie Credits
2019
1996
1995
1988
1985
1984
1981
1979
1977
1976
1974
1973
1972
1967
1966
クロード・ルルーシュについてAbout Claude Lelouch
カメラマンから監督へ、音楽との出会い
クロード・ルルーシュは、1937年、パリ生まれ。父から買い与えられたカメラを手に、ニュース映画のカメラマンとして出発する。ソ連に滞在中、ミハイル・カラトーゾフ監督『鶴は翔んでゆく』の撮影を見学し、映画の中でカメラが果たす役割に強く惹かれた。帰国後は軍の映画部門で演出も経験。1960年に自費で長編第1作『Le Propre de l'homme』を撮り、製作会社レ・フィルム13を設立した。
最初の長編は配給が付かず、歌手の曲を映像化する仕事で再起を図る。ジョニー・アリディやシルヴィ・ヴァルタン、ジャンヌ・モローらの映像を約100本手掛け、音楽が映画にもたらす力を学んだ。1965年にはピエール・バルーの紹介で作曲家フランシス・レイと出会い、『男と女』(1966年)の音楽を任せる。
『男と女』で世界に広がったルルーシュの名
『男と女』で一躍注目を集めた。着想の始まりは、失意のうちに訪れたドーヴィルの浜辺で、夜明けに幼い子を連れた女性を見かけたこと。同作はカンヌ国際映画祭で当時の最高賞グランプリを受賞し、翌年のアカデミー賞ではピエール・ユイッテルヘーヴェンと共同で脚本賞に輝いた。作品も外国語映画賞を受賞。ハリウッドからの誘いを断り、フランスを拠点に映画を撮り続ける道を選んだ。
即興を生かす撮影と『愛と哀しみのボレロ』
自らカメラを構え、軽い機材を使い、俳優の即興も取り入れて撮影する。『愛と哀しみのボレロ』(1981年)からは、複数の人々の運命が交わる群像劇へと物語を広げた。『ライオンと呼ばれた男』(1988年)では、俳優の演技を引き出すために2~3台のカメラを使う撮影を本格的に取り入れている。
名前による先入観を離れて作品を見てもらおうと、『Roman de gare』(2007年)では偽名での製作も試みた。脚本をできるだけ削ぎ落とした同作では、オードレイ・ダナがセザール賞有望若手女優賞にノミネートされた。
『男と女』のふたりと53年後の再会
『男と女 人生最良の日々』(2019年)では、ジャン=ルイ・トランティニャンとアヌーク・エーメを再び迎え、最初の作品から53年後のふたりを描いた。35本の作品で組んだフランシス・レイの最後の音楽も収められている。2022年には50本目の長編『L'amour c'est mieux que la vie』(「愛は人生よりも素晴らしい」の意)を発表した。
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