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ニルヴァーナ:Nirvana
ニルヴァーナについて
ニルヴァーナはロック・シーンにおいては未だ周辺地域でしかなかった米西海岸ワシントン州シアトルのインディ・レーベル、サブ・ポップから89年にシングル「ラヴ・バズ」でデビュー。同年、デビュー・アルバム『ブリーチ』発表。
91年にメジャー・レーベル、デヴィッド・ゲフィン・カンパニーからセカンド・アルバム『ネヴァーマインド』を発表。初回出荷数25,000枚足らず、しかもプロモーションのためのツアーもなし、という悲惨なスタートだったが、シングル「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」がラジオとMTVで爆発的にオン・エアされると同アルバムは全米で300万枚以上のセールス、チャートの1位を獲得。
これを境に瞬く間に彼らのフォロワーが続々とシーンに登場し、世界中に<グランジ>の毒が撒き散らされることになった。92年に編集アルバム『インセスティサイド』、93年にサード・アルバム『イン・ユーテロ』を発表し、人気を浮動のものとした。
しかしこの頃からカートはドラッグに深くおぼれ始め、興奮剤の過剰摂取による入院騒ぎ、自殺未遂騒ぎなどを引き起こす。そして1994年4月、自宅のバスルームで頭をライフルで打ちぬいたカートの無残な遺体が発見された。この衝撃の死によって、バンドは解散を余儀なくされた。
ニルヴァーナの音楽
ニルヴァーナと言えば「憂鬱」「怒り」「絶望」といったキーワードが頭に浮びます。これはアメリカの背景と結びついているのではないでしょうか。
80年代のアメリカは自信を失った時代でした。「誰しもがチャンスを平等に与えられ、自身の才能を発揮し、豊かな生活を求め続けていける」そんな言葉が信じられなくなった時期です。冷戦、70年代前半のベトナム戦争の影響がもろに出て経済は停滞、製造業は軒並み力を失い、戦後ダントツの力を持ってい国は明らかに衰弱していました。
でも80年代は表向きは明るいんです。まるで真実を隠すかのように。ロックは明るく、映画はダンスや空軍のサクセスストーリー系が大ヒット。
しかし表向きはそうでもジェネレーションXと呼ばれる80年代を若くして過ごした世代は、実際は未来に喪失感を抱き不安と孤独と絶望にさいなまれていたのではないでしょうか。
これはイギリスにも当てはまります。イギリスは80年代イギリス病に犯されてました。失業保険で若者は働かずにテレビを見ながらドラッグ、食べ物はアメリカ式のファーストフード、まさに映画、トレインスポッティングのような状況。表向きはいいが、実際は未来に喪失感を抱き不安と孤独と絶望にさいなまれていた時代。
表面上の明るさを否定し、絶望感、心の叫びを唱えたのがニルヴァーナなのではないか。自分の気持ちを重ね合わせて見るコトによって世界から共感を持ち受け入れられたのではないでしょうか。
ニルヴァーナとグランジファッション
その表現は音楽だけではなくファッションにも現れます。
ニルヴァーナのカート・コバーンといえば、そのファッションが当時大ブームを巻き起こしたことも有名です。グランジ・ファッションと呼ばれるスタイルは(Tシャツを裏返しに来てみたり、古着を着たり、穴の空いたジーンズ、大人から見てきた汚らしい格好をすること)、当時のファッションデザイナーはもちろん今でもファッション・デザイナーたちにインスピレーションを与え続けています。
ファッションの世界ではアメリカではマークジェイコブス、パリではマルタン・マルジェラがグランジファッションに近い要素のファッションを提案し、世界中に波は広がります。(マルジェラに関しては、グランジというより、グランジファッションの先駆け的なコレクションと言われています。)
90年代、穴の空いたジーンズをみながいっせいに着るようになりました。その他、ナンバーナインのコレクションテーマにニルヴァーナが取り上げられるなど現代に至っても多くの影響を残しています。
