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コスタス・ムルクディス:KOSTAS MURKUDIS
ブランドの始まり
1994年、コスタス・ムルクディスが自身の名を冠したブランド「コスタス・ムルクディス」でパリ コレクションに初参加。
コスタス・ムルクディスについて
コスタス・ムルクディスは1959年、東ドイツのドレスデンに生まれる。14歳で西ドイツの西ベルリンに渡る。幼少の頃に「西と東、民主主義と共産主義」という両極の文化を経験する。
ベルリン大学に入学。はじめは化学を専攻していたが、在学中はアートデッサンに夢中になる。2年たった段階で方向転換を決意。
はじめはウォルフガング・ヨープを短期間(1年)ではあるが手伝う。その後コレクションを開く計画を立てていたヘルムート・ラングに出会い、ラングの創作活動に協力することにとなる。
85年から92年までの7年間ヘルムート・ラングのアシスタントデザイナーを務める。ラングの下では、個人プロジェクトとしてネクタイ、靴、カーペットなどの企画を手がける。 自身のブランドを立ち上げるためにラングの元を去り93年に独立。
94年に、「コスタス・ムルクディス:KOSTAS MURKUDIS」としてパリ コレクションに初参加。2001-2000A/Wより、ディーゼルのニューヨーク・インダストリー(NewYork industrie)ラインのデザイナー・ディレクター兼クリエイティブディレクターに就任。2000年、「ニューヨーク・インダストリー」に専念するために自身のブランドからは一度手を引く。その後、ブランドとしての「コスタス・ムルクディス」を再開。
現在は、メンズ・レディースコレクションともに自身のコレクション展開している。
コメントおよび補足
コスタス・ムクルディスは自身のデザインのキーワードは「パラドックス」と語ります。
これは幼少時代の両極端の環境で育ったことが関係していると本人も語ります。当時の東ドイツと西ドイツは全く異なる世界。共産主義の東ドイツ、ドレスデンはバロック芸術の非常に美しい町ですが、情報のばい閉ざされた環境、ラジオもなく、生活も寂しい環境でした。対して民主主義の西ドイツは言論の自由も認められ、ファッションも東に比べると進んでいます。またさまざまな情報も入ってくる世界でした。
このような両極端の経験が、コスタス自身ファッションに「パラドックス」というキーワードをもたらしました。「黒」と「鮮やかな色」を調和させたり、最高級の自然素材にチープなナイロンを組み合わせたり…
「人生はパラドックスだと思います。全てのことがらには表裏の二面性がある」とコスタスは語ります。
「両極端だからこそ、いいハーモニーが生まれ、モダンな形になる」といいます。パンク調でありながら、どこか落ち着いていて機能性もある服はそのよなところから生まれています。
またヘルムートラングの影響を受けてか有用性と繊細なタッチが強みとして持ち合わせています。ラングよりも色合いが大胆なのが特徴かもしれません。