アツロウ タヤマ:ATSURO TAYAMA
ブランドの始まり
1982年、田山淳朗が「エム・ティーカンパニー」を設立。自身の名を冠したブランド「アツロウ タヤマ:ATSURO TAYAMA」は91年、パリコレクションでデビュー。
アツロウ タヤマについて
田山淳朗(Atsuro Tayama)は1955年、熊本県に生まれる。75年、文化服装学院を卒業。この年、第44回ハイファッション・ピエール カルダン賞を受賞。75年、ヨウジヤマモトの率いるワイズ(Y's)に入社し、78年から82年まで、フランスでyohji Europe s.a.r.lを設立しディレクターを務める。
82年、「ワイズ」を退社後、「エム・ティーカンパニー」を設立し、自らの名前を冠したレディースブランドのコレクションライン「A.T.」を発表。「A.T.」という名称は当時流行った映画「E.T.」に絡めてたものと言われている。
86年、第10回毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞を受賞。 89年、「A.T. FRANCE S.a.」を設立。90年から95年までキャシャレルのレディースのチーフデザイナーを務める。 このときキャシャレルは田山淳朗のマーケティング能力で脅威的に売り上げを伸ばした。
91年、アツロウ タヤマでパリ コレクションに参加。国内では、92年から2004年までオゾック(OZOC)、95年からインディヴィ(INDIVI)、96年からボイコット(BOYCOTT)等のワールド傘下にあるブランドのデザインを手がけ、幅広い分野で活躍した。
1997年には第40回日本ファッション・エディターズ・クラブ賞のデザイナー賞を受賞した。
96年、「A/T」のデザイナーに板倉慶二が就任。 99年、代官山に「A/T」のショップをオープン。 2001年、バッグ専門ブランドの「トランス オン トランス(TRANS on TRANS)」のクリエイティブ・ディレクター、「ファイブ(FIVE)」のデザインを手がけた。
アツロウ タヤマのライン
・A/T(セカンドライン)
コメントおよび補足
活動は目立たないですが、30年にわたって一線で活躍。活動範囲も自身のプレタポルテコレクション、「キャシャレル」のようなブランドからボイコット(BOYCOTT)のような一般のブランドまで幅広いです。
彼の服を見ると一貫して着心地のよさを追求しているように思います。また素材の扱いもうまく、毛布をフロックに加工、レーヨンをシルクのように見せる等、さまざまな工夫が見られます。このようにデザイン自体はさまざまなこころみが見られ、美と破壊の融合のなかでエレガンスを表現していところが特徴です。








